専門家からのご意見、アドバイス
屋台骨を揺るがすような事態を防ぐために
財務会計の分野で内部通報が行われるとすると、横領などの個人の犯罪の通報と、粉飾決算などの会社ぐるみ、組織ぐるみの不正会計の通報との二つの側面を持っています。特に内部通報の効果が期待されるのは、後者に対してですね。
通常であれば上司に相談するところですが、言っていいものかどうか迷って、つい見て見ぬ振りをしてしまうこともあるはずです。それを長年放置していると、善悪の感覚が麻痺してきて、企業内で自ら不正をただす力が無くなります。不正が明るみになったときには、週刊誌などに取り上げられ、屋台骨を揺るがす大ごとになってしまいます。
しかし、内部通報の仕組みがあれば、早い段階で問題の芽を摘み取ることができます。通報窓口が社外にあれば、さらに通報はしやすくなります。会計監査人が内部通報制度の導入を会社に提案するということもあるようですが、これは内部統制を評価する際に、マイナスの情報をタイムリーに集める仕組みの有無が問われているからです。
もう一つのコミュニケーション ルートとして
ハラスメントへの対応という面でも内部通報制度は有効です。ハラスメントには、セクハラ、パワハラなど様々な種類が存在します。しかも、受け止め方が人によって異なり、また、ハラスメント自体の概念も少しずつ変化していきます。
こうしたハラスメントの問題に対応するためには、ハラスメントついての深い理解と対応の経験が必要になります。当然、人事だけでは対応できませんし、そのような人材を企業が常に抱えることには無理があります。だからこそ外部の専門家の協力が必要になります。
こうした外部の専門家による相談窓口を設けることは、社員にとってコミュニケーションのルートが一つ増えることになると前向きにとらえるべきです。
一方で、単に窓口を設けるだけでうまくいく訳ではありません。
例えば内部通報制度の特徴として、「匿名性」が挙げられますが、こればかりが強調されると、不満や他人への誹謗中傷ばかりが寄せられて、いわゆる“ガス抜きの場”になってしまいます。これでは本来の役割を果たせません。外部にも窓口があることで顕名での通報がしやすくなり、寄せられた通報に対しての適切な調査やフィードバックも可能となり、より健全な制度となることができるのではないでしょうか。
なぜ内部通報の窓口が設けられているのか、どんな内容の通報を期待しているのか、通報者がどのように保護されるのかなど、内部通報制度の趣旨をもっと丁寧に啓発する必要があると感じています。
新しい制度だけに、極端に振れることもあるかもしれませんが、内部通報窓口の設置は社員が安心して働ける会社を作るための土台です。例えば、この制度によってセクハラが起きにくい環境が整えば、男女問わず安心して働ける職場となって、結果的に女性も活躍できる企業としての評価が高まり、優秀な人材も集まってくるはずです。
内部通報制度について冷静に捉え、長い目で見た成果を期待して欲しいと思いますね。
辻 さちえ
株式会社ビズサプリ代表取締役一般社団法人日本公認不正検査士協会 理事
公認会計士、公認不正検査士(CFE)
略歴
1996年監査法人トーマツ(現有限責任監査法人トーマツ)入所。会計監査、内部統制報告制度導入、IFRS導入、リスクマネジメント、コンプライアンス体制構築、内部監査体制構築、決済体制構築など数多くのプロジェクトでプロジェクトリーダーとしてコンサルティングを実施してきた。
2015年に株式会社エスプラスを設立。不正対応(リスクマネジメント、内部統制、不正調査、再発防止)支援、J-SOX支援(文書化、評価)、内部監査アウトソース、財務報告プロセス改善、従業員満足度調査専門家ネットワークを活用した幅広い業務を実施している。また、人事院、警察大学校等の官公庁、公認会計士協会や大手監査法人、上場企業の役員・管理職、コーポレートガバナンス団体等に向けて、不正リスク、内部統制、ガバナンス、監査等について年間数十本の講演を実施している。
その他、内部統制、不正対応、リスクマネジメント、ガバナンスに関する知見から上場会社の社外役員、日本公認不正検査士協会の理事、国立研究開発法人リスクアドバイザー等の役職に就いている。