専門家からのご意見、アドバイス
国内とは事情が異なる海外拠点での対応
内部通報制度はコンプライアンスの機能の一端を担うものですが、日本企業において海外拠点におけるコンプライアンスの意識が大きく高まったのは、2010 年前後からです。
大きな転機となったのは日本企業に対する摘発でした。当時米国のロースクール・ローファームに留学・出向していた私は、米国の海外汚職行為防止法(FCPA, The Foreign Corrupt Practices Act of 1977, 15 U.S.C. 78m, et seq.)の厳格な適用や価格カルテルでの刑事事件により、日本企業がその波に飲み込まる様を目の当たりにしました。商社、建設・エンジニアリング会社、自動車部品会社など、数多くの日本企業とその幹部が、米国で巨額の罰金や実刑判決を受けています。そして、2015 年の会社法改正では、企業グループでの内部統制システム構築義務が定められるなど、日本企業や経営陣をとりまく日本の法環境も変わりました。
コンプライアンスの取組みとして不正・違法行為等の早期発見を目指す上で、内部通報の受付が最も重要な手段であると言っても過言ではありません。米国公認不正検査士協会(ACFE)の「2016 年度版 職業上の不正と濫用に関する国民への報告書」でも、「情報提供・通報」が不正発見の最大の端緒であると報告されています。実際、多くの日本企業(特に大企業)は、既にヘルプライン等の内部通報制度を整備しています。
しかし、海外での内部通報制度の運用には国内とは違った難しさがある点に留意も必要です。言葉の壁や本社との距離もありますが、多くの企業で問題となるのがリソース不足です。内部通報制度においては、通報を受け付けるだけでなく、それに基づくヒアリングその他の調査を行い、是正措置や再発防止策を取ることまでが求められます。しかし、例えば営業拠点として設けられている海外拠点において、このような対応ができる人材がいないことが少なくありません。
また、EU のように、国や地域によっては、他国に情報を移すことに対する規制があることも大きな問題です。内部通報には個人情報や機密情報が含まれることが通常ですが、それらが規制の対象になります。かと言って、そのエリア内、すなわち海外拠点で対応しようとしても上記のとおりリソースが不足しているというジレンマに陥ってしまいがちです。
内部通報に本気で取り組むきっかけとして
こうした海外特有の事情に対応するには、日本の親会社として、専門の企業が運用するグローバルなヘルプラインを活用することが効果的な方法ではないかと考えます。通報を現地で受け付けて、専門家(現地弁護士)が必要に応じて情報規制等を踏まえたスクリーニングや匿名処理をした上で、日本の親会社に伝えていく仕組みがあれば、上記のような海外拠点の問題のかなりの部分をクリアできます。
ただ色々な文化風習を持つ人たちが働く海外では、内部通報の体制を作ったから OK というわけには行きません。「この国ではこれくらいの賄賂は必要なんだ」という感覚が残っていては、せっかくヘルプラインを作っても通報は来ません。重要なのは何がリスクなのかを明確にして、ルール遵守を徹底させることです。アメリカのグローバル企業では、CEO 自らが「これをしてはいけない」、「しているのを見たら通報制度を利用してほしい」とメッセージを発信しています。
ヘルプラインを作ること、特にグローバルな体制を整備することは、経営者にとっては大きな勇気がいることかも知れません。しかし、逆に、これを整備することによって腹を括ることもできるはずです。コンプライアンス経営を推進し、内部通報に本気で取り組むきっかけとして、グローバル・ヘルプラインを位置付けてみてはいかがでしょうか。
結城大輔
弁護士ニューヨーク州弁護士
公認不正検査士(CFE)
略歴
- 1995年
- 司法試験 合格
- 1996年
- 東京大学 法学部 卒業
- 1996年
- 司法修習生(第50期)
- 1998年
- 弁護士登録(第二東京弁護士会) のぞみ総合法律事務所 入所
- 2000-2002年
- 日本銀行 信用機構室 決済システム課(当時)出向
- 2008-2009年
- 韓国ソウルの法律事務所(法務法人太平洋・法務法人廣場)出向
- 2009-2010年
- 米国 University of Southern California (LL.M.) 留学
- 2010-2013年
- 米国ロサンゼルスの法律事務所(LINER LLP)・ニューヨークの法律事務所(Moses & Singer LLP)出向
- 2012年
- 米国ニューヨーク州弁護士 登録
- 2013年11月
- 日本帰国 のぞみ総合法律事務所 復帰
- 2015年7月
- 一般社団法人リーガル・リスクマネジメント研究機構 設立、理事 就任
- 2015年9月
- 公認不正検査士(CFE)登録
- 2016年6月
- 一般社団法人日本公認不正検査士協会 理事 就任
所属団体
国際取引法学会 会員第二東京弁護士会 国際委員会 委員長(2017年度)、ソウル チーム リーダー(~2016年度)
American Bar Association (Section of International Law ほか)
International Bar Association (Anti-Corruption Committee ほか)
日本組織内弁護士協会(準会員、研修委員会・広報渉外委員会 副委員長)
日本コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(CGネット)
エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク
弁護士知財ネット
日本弁護士連合会 中小企業海外展開支援事業